11月11日「介護の日」にちなみ、なら介護の日では介護について理解と認識を深める活動・イベントを行っております。

親守唄・歌会2009 入選作品集

「忍者になった親父さん」
「母さんありがとう」
「母さんの指輪」
「貴女へ・・・」
「しあわせ時間」
「忍者になった親父さん」


1.前略 親父さん 「忍者」になったのは三年前 米寿の年
  突然、炎暑の中 二時間姿が消えた
  心配していると 真っ赤な顔を平然として 帰る姿は「忍者」のよう
  その日から「忍者」が出てゆく姿に 母の怒鳴る声が響く
  「忍者」をドライブに誘うも少し落ち着いたけど一時的
  「忍者」はますます本領発揮
  私も「忍者」の後を散歩です
  それでも「忍者」は消えて 近所の人が「あそこで見たよ」
  「こっちでも見たよ」と知らせてくれた親切は助かりました
 
2.四ヶ月後の朝「忍者」は「十キロ」の道のりを歩いて行って
  そこの駅前の店長さんが警察に連絡 保護され無事でした
  ある早朝 身支度をするので 「どこ行くの」と聞くと
  「はよ会社へいかんと遅刻するで」と自転車を出しに
  物置の戸をどんどんとたたき続け 近所迷惑を
  注意をしても仕事一筋の「忍者」は耳を貸さず
  困って一時間くらいやらせておくとやっと諦めます

 
3.その後大事件が ある深夜三時ごろ突然「忍者」が消えた
 探すにも深夜のため動けず困った
 十二時間も見つからず、捜査願いを出すことになりました
 十九時間が過ぎた夜の九時ごろ 大学病院から連絡があり
 こちらで「お父様」を保護していますので迎えに来てくださいとのこと
 本人はいたって元気 との説明に心から感謝しました
 近所の方や 見知らぬ人の温かい親切は心から感謝です

 
4.これを機に「老健」に入所でき 前日まで元気に歩いていたのに
介護士さんの介護のかいもなく あっという間に亡くなった
「忍者」の消えた「親父さん」 静かな寝顔がまぶたに浮かぶ
「親父さん」今にもぶすっと食卓に座って「ごはん」と
茶碗を差し出す姿目に浮かぶけど 「親父さん」はもういない
世話になった人々にありがとうの声が聞こえるよう
やさしくてまじめで無口な「親父さん」 ありがとう
大変お世話になった隣近所 皆さんの親切は忘れない

作詩者:矢野浩一(愛知県豊明市・61歳)
  「忍者」と書きましたが親父さんは、若い頃から家から10km余りある会社へ毎日定年まで40年近く自転車で通っていて、足が丈夫で認知症になってからも足は元気でどこでも行ってしまうが戻ってこれない。よくみなさんが知らせてくれました。

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「母さんありがとう」


七年前の春でした
ケアハウスに入れた母 
私が帰ると言った時
背中で寂しそうな声で
「また来てな」と一言言った
その切ない声に後髪引かれ
いたたまれずに迎えに行った
家庭介護を2年して
母は静かに旅立ちました
今に思えば悔いもなく
娘や孫に囲まれて ありがとうと叫んだ声
聞こえましたか お母さん
逝って五年が経ちました
ご恩返しはできないけれど
朝な夕なに香を立て
見上げりやいつも笑顔で若い
母さんそちらは楽しいですか
父さんと仲良くしていますか
母は何も言わないけれど
我が身を厭うて元気で暮らせと
私の耳には聞こえます
香が燃え尽きるまで話します
こちらのことは心配せずに安らかに・・
母さん本当にありがとう ありがとう

作詩者:平岡美智子(兵庫県加古川市・77歳)
  母は足が不自由で、最初は仕事の都合もあり、ケアハウスへと思って連れて行きましたが、皆が帰ると言った時、とても寂しく悲しそうだったので二日して連れて帰り、家でみんなで二年介護しました。一時は元気になっていましたが五年前に他界しましたが家族に囲まれ本人も満足して亡くなりましたし、もしケアハウスに入れていたら悔いが残ったと思います。仕事より介護に当たって良かったと思っています。

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「母さんの指輪」


母さんの形見にもらった
ダイヤの指輪
私の指には太すぎる
ひと指ひと指はめてみる
人差し指にはめたけど
形見の指輪が回ってる
 

遠く離れた施設のために
付き添い介護が出来ない私
年に数度のお見舞いに
「すまないねぇ」と言っていた
そんな母からもらった指輪
母が残した形見の指輪
 

人差し指に光ってる
ダイヤの指輪はガラス玉
母はダイヤと思っていたが
カットグラスのガラス玉
指輪も服も買わないで
働きづめの母でした
 
細い身体に太い指
七人の子どもを支えた母でした

若い日父が贈った指輪
母には大事なダイヤの指輪
施設の床で付けていた
大事な大事な宝物
母には大事な宝物
 
今度は私が守ります

どんな高価なダイヤより
光輝くガラスの指輪
母の形見のダイヤの指輪
 

作詩者:渡島順子(奈良市・72歳)
  母の形見の指輪をはめてみて母の指の太さに驚きました。昔、父からプレゼントされた指輪をいつも離さずつけていました。父に対する愛情の深さをしみじみ感じました。正に七人の子ども達の育てた「母」の手だと思い知らされました。

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「貴女へ・・・」


貴女の背中の ぬくもりを
まだ 覚えているよ
生まれてきたこと その意味を
考えていた
言葉に出来ない たくさんの
思いはいつも あるよ
困らせてばかり いた頃は
もう 遠い昔
貴女はいつでも 見守ってくれたね
その優しさも あたりまえに
貴女の愛に 包まれていたことも
気づかずに 気づかずに 時を重ねただけ
貴女はいつでも 笑っていた
涙 見せずに
 

覚えていますか 幼い頃
貴女と手を つないで
過ごした季節が 懐かしく
思い出として
貴女が歩いた 月日のその重さは
ふしくれた指が おしえてる
貴女と共に 生きていられる時間が
 
いつまでも いつまでも 続くようにと願う

めぐり めぐる 人のえにし(縁)
貴女のもとに 生まれて来て
小さくなった 後ろ姿に
 
ありがとうを とどけたくて

貴女の背中の ぬくもりを
まだ 覚えているよ
生まれてきたこと その意味を
考えていた

作詩者・作曲者:小林和彦(長野県安曇野市・49歳)
  母親に対して普段口に出来ない感謝の言葉を曲にしてみました。

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「しあわせ時間」
1.長い月日が 流れました
  私は すっかりおじさんで
  母は どんどん歳をとり
  母は こどもになりました
  今は お料理いたしません
  今は 洗濯いたしませせん
  今は お掃除いたしません
  ちょっと 困った事ですが
  私が 代わりをいたしましょう
  おいしい味噌汁 母ゆずり
  まめな掃除も 母ゆずり
  みんな母から 教わった
  感謝してます お母さま
  それでは楽しい 食事の時間
  昔の話しを いたしましょう 
  親子の会話は しあわせ時間
  私が こどもの頃の事
  いくら話しても 飽きません
  楽しい大事な しあわせ時間
  貴重な思い出 つくりましょう

2.長い月日が 流れました
  私は すっかりおじさんで
  父は どんどん歳をとり
  父は こどもになりました
  誇り高い 人なので
  がまん強い 人なので
  ちょっと 困ったことですが
  介護のお話し 断ります
  頑固なところは 父ゆずり
  忍耐強さは 父ゆずり
  恥ずかしがり屋は 父ゆずり
  すべての性格 父ゆずり
  お話ししましょう お父さま
  それでは楽しい 食事の時間
  昔の話しを いたしましょう
  親子の会話は しあわせ時間
  私が こどもの頃の事
  いくら話しても 飽きません
  楽しい大事な しあわせ時間
 貴重な思い出 つくりましょう
 

 お話ししましよう お母さま
 それでは楽しい 食事の時間
  昔の話しを いたしましょう 
  親子の会話は しあわせ時間
  私が こどもの頃の事
  いくら話しても 飽きません
  楽しい大事な しあわせ時間
  貴重な思い出 つくりましょう



作詩者・作曲者:なかざわ岳朗(東京都稲城市・57歳)
  いよいよ来たか・・・という気持ちです。恩返しですが、私も体がきついので、できるだけ無理はしないように心がけています。父は歩行困難、母は軽度の認知症です。余り考え込まずに、できる事をシンプルに行い、親との残り少ない時間を楽しみたいと思います。

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