11月11日「介護の日」にちなみ、なら介護の日では介護について理解と認識を深める活動・イベントを行っております。

親守唄・歌会2014 入選作品集

≪親守唄大賞受賞≫「命かがやいて」(作詩・作曲の部)
≪優秀賞受賞≫「壊れゆく母へ(祈り)」(作詩の部)
「母の姿と言葉」(作詩の部)
「母の口癖」(作詩の部)
「母への子守歌」(作詩・作曲の部)
新屋まり「命かがやいて」(作詩・作曲の部)

ブルーな気分をかかえたままで
一日を終えようとしていた
病室へ向かう足取りがおもい
私はひとりぼっち
そんな気がしてた
眠っている父の
やすらかな横顔を
ゆうやけ色の風がなでてゆく
静かな時よ

命がここにある そして息づいている
私がここにいて 今を生きている
どんなにつらくても
悦びにあふれている
命はかがやいて 今を生きている

寝返りうてない 父のつらさを
どれほど分かっていただろう

病室に行けば父がいて
ときおり笑顔 やさしさをくれる
きらめく青春の
時をかけぬけた父
重ねてきた日々を見つめている
静かな時よ

命がふるえている
悦びにふるえている
私がここにいて 今を生きている
父から受けついだ 命を生きている
命はかがやいて 今を生きている

命がここにある そして息づいている
私がここにいて 今を生きている
どんなにつらくても
悦びにあふれている
命はかがやいて 今を生きている


作詩・作曲者:新屋まり(広島県山県郡)
*この夏、自分ではもうどうしようもないという気持ちで、すっかり気分が落ち込んでいました。その気持ちを抱えたまま、いつものように病室に父を見舞いました。父はとても安らかに眠っていました。寝息だけが聞こえる病室には静寂があり、そこにはまぎれもなく“命”があると感じました。あれこれと思い煩う自分が小さい存在に思えました。生きているだけで素晴らしいと父の姿が教えてくれました。そして、父の命は私を励まし、今でも守護してくれていると強く感じました。その瞬間、八方ふさがりだった気持ちが深い悦びに変わり、父から命をもらっていることに感謝の気持ちが湧きました。その思いを歌に込めました。

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福井恵美子 「壊れゆく母へ(祈り)」(作詩の部)

静かに おだやかに
ほほ笑みながら
母の時間(とき)は過ぎてゆく
日に一つ 日に二つ
母の記憶は確実に
忘却の彼方に消えてゆく

それでもなお母の慈愛は
あふれるばかりに温かだ

私に何ができるのだろう
私は何をすべきなのだろう

母の「変わらぬ笑顔」と
「何を見るともなく
見つめる空虚な瞳」の
コントラスト
そんな母の生きざまが
悲しく哀れでいとおしい

あなたの娘で本当によかった
あなたが母であることが
何よりもうれしく誇らしい

壊れてなお
私のからだを気遣う母の背に
そっと寄り添う
温かく慈悲深い
母さながらのぬくもりが
変わることなく
私の心を満たしてゆく
あなたのこれからの時間(とき)が
ただひたすらに おだやかに
静かに流れてほしい

祈るしかできない私に
母の笑顔は今日も優しく美しい


作詩者:福井恵美子(奈良県天理市)
*認知症を患い、今では介護度5の認定を受ける母を父といっしょに10年間介護しています。今は、在宅での看取りに向けて、毎日母との時間を大切に介護しています。この詩は、まだ母が私を“娘”と認識できていた頃に書いた詩です。今は、“認識”も“言葉”すらも失ってしまった母ですが、今も「この時の母への想い」は変わっていません。

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今村浩人 「母の姿と言葉」(作詩の部)

漣寄せる 心の渚に
揺らいで浮かぶ 母の横顔
若い母に手を引かれ
胸のハンカチ ひらひらと
初めて入る小学校
弾ける笑顔 溢れてた
春風の薫り 目を細める母

瞬く星の囁きに合わせ
途切れ途切れに母の歌声
寒い風に身をまかせ
肌に刻んだ傷跡を
癒すことなく生きてきた
涙に替えて口ずさむ
物陰に隠れ 目をおさえる母

夕日を受けて 手を振り続ける
別れを惜しむ 母のシルエット

赤く照らす太陽も

やがて沈むと知りながら
振り返らずに去って行く
男の姿 鮮やかに
今もあの街で見送っている母
今は応えぬ 母の姿
今も生きてる 母の言葉


作詩者:今村浩人(茨城県つくば市)

*私は昭和13年生まれで76歳になります。生まれてからは戦争の色濃い時代でした。その後、日本は繁栄したものの、次第に別な不安定な世の中に変わりつつあるように思います。必ずしも昔の方がよかったとは思いませんが、私の考え方が今の比較的若い世代の方に理解されないところが多いのではないかと感じます。ずいぶん前に母を亡くしましたが、十分なことをしてあげられなかったことが今でも悔やまれます。今となっては、母が残した言葉を活かすことがただ一つの慰めと思います。

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前田雄二 「母の口癖」(作詩の部)

母の口癖 顔を見るといつも
「何か食べに行こか?」と
声かけてくれる
「寿司でもどうや?」と返事をすると
子供のようにニッコリ微笑む
こんな何気ないやり取りに
親子の絆を感じ
母の優しい心遣いに
感謝感謝です
今日も感謝です

何度聞いたか
ヘマをしてもすぐに
「それでいいそれで!」と
喜んでくれる
「そうかなええか!」
と返事をすると
心配いらんと
笑顔で見ている
こんなちょっとした労いに
どれだけ助けられたか

母の日頃の心配りに
サンキューサンキューです
毎日サンキューです

母の問いかけ
何かあるといつも
「身体大丈夫か?」と
気にかけてくれる
「調子ええわ!」と返事をすると
それは安心と満面の笑みに
こんな口癖を今では
我が子に話すこの頃
母の変わらぬ心遣いに
感謝感謝です
今日も感謝です


作詩者:前田雄二(大阪市東住吉区)

*母が50歳の時、父が病死し、女手一つで4人の子どもの成長を見守ってくれました。私自身は好き勝手なことをさせてもらい、30年間仕事の関係で親元を離れていて、満足な親孝行もできませんでした。4年前から独学でウクレレをはじめ、オリジナル曲を作り楽しんでいます。そこで何か母への唄を作り、感謝の気持ちを伝えたくて想いを詩にしました。

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村松正敏 「母への子守歌」(作詩・作曲の部)

おやすみなさい 大丈夫だから
子守歌ここで歌っているよ
退院したらきっと
大好きなお寿司
二人して食べに行こう
薄紫色の服着て
いつもの店の窓際の奥の席
忘れないでいるから
おやすみ お母さん
おやすみなさい

おやすみなさい 心配しないで
私はずっと一緒にいるよ
杖を頼りにきっと
歩ける日が来る
デイサービス また行こう
仲間と声合わせて歌おう
お気に入りのあの歌
「白い花の咲く頃」

忘れないでいるから
おやすみ お母さん
おやすみなさい



作詩・作曲者:村松正敏(群馬県桐生市)
*3年と2ヵ月余り、母は癌と闘いましたが、昨年の7月に他界しました。自宅で何とか介護をしていましたが、癌が転移し、最後は入院することになりました。母の回復をひたすら願っていたあの頃の気持ちを歌にしました。この歌は、天国の母と父が私に作らせたものです。「一人でも生きられる、あんたなら。しっかり生きなさい」 母の言葉を胸に、両親に届くように歌います。

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